「貯金ができない」インドネシア人介護福祉士が不安を抱えながらも施設で働きたいと思うこれだけの理由【名取市で脳梗塞リハビリマッサージといえばケア・グート】

2019年10月6日 FNN Prime

 

 

ふたたび日本に戻ってきた

メイダ・ハンジャダニさんは現在38歳。インドネシア人の夫との間に4歳の息子がいて、さいたま市内で暮らしている。

原則毎朝、メイダさんが息子を駅近くの保育園に預け、そのまま電車に乗り勤務先へ。午後4時のお迎えは夫の仕事だ。
勤務先は2駅離れたところにある介護施設・ケアポート板橋(東京・板橋区 理事長・竹川 節男)。2017年9月から働いているが、実はこの施設では以前にも働いていたことがある。インドネシアに戻り、夫と結婚。子供を授かった後、ふたたび同じ施設で働くことを希望し、戻ってきたのだ。いま、息子は日本の大学を卒業してほしいと思っている。

介護業界の人材不足は年々深刻化している。EPA=経済連携協定に基づき、日本は2008年からインドネシア、フィリピン、ベトナムから外国人看護師などの受け入れを開始した。メイダさんはこの第一号。この制度では3年の実務経験ののち、国家資格である看護師か介護福祉士に合格すれば、日本に永住することが可能となり、彼女は見事一発合格した。しかし、その後も日本で働き続けてもらわなければ、“抜本的な解決策”にはならない。

そうしたなか、なぜ彼女は合格ができ、さらに日本に住むことを選んだのだろうか。

制度を利用した第一号のインドネシア人女性

メイダさんはもともと看護に興味があり、本国では看護専門学校を卒業。「外国人が日本の介護業界で働くことは可能なのか」という研究に参加し、3ヶ月間来日。そこでヘルパー二級を取得した。その後、ふたたび来日して一級を取得。さらにその翌年から二年間、神奈川県・川崎市内の老人ホームでアルバイトをした。

2008年にインドネシアに帰国し、地元の病院で働こうと面接を受けた際、EPAによる受け入れ制度が始まったことを聞く。もともと日本の文化に興味があったので「これはチャンス」と思い、参加した。

ちなみに、勤務先は本人の希望と、その候補者を見た日本の施設側による希望がマッチングしたときに初めて成立する。

メイダさんは日本語ができ、さらに老人ホームでのバイト経験があったことがケアポート板橋の目にとまった。

しかし、なんせ第一号。彼女も初めてなら施設側も初めての経験だ。

ここから試行錯誤の生活が始まった。

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